2010年03月30日

本年度の成果

平成21年度はとにかく忙しかった...
2つの研究が同時進行した年でした.
双方の研究とも南日本新聞で大きく取り上げていただけました.

昨年度に引きつ続きた「あいらAEDマップ」構想.
消防署とNPOかごしまGIS・GPS技術研究所との連携による研究事業でした.
発端は卒業研究にて,くすの木自然館立山理事長から「AEDを効果的に検索するシステムはできないか?」との一言.
そこから学生らと思案してスタート.
愛知県や茨城県,最近では大阪府などが主体となって取り組みを始めています.
九州ではまだまだのようで,こちらでは独自のシステム開発に着手.
PCサイトのほか,携帯電話,管理データベースシステムの構築や,行政手法及びGIS分析方法まで,ありとあらゆることにチャレンジしました.
本事業は携わった学生や協働事業団体はもちろんのこと,情報提供していただいた公的・民間事業所にも厚くお礼を申し上げます.
ようやく始動です.
あいらAEDマップ→http://www.ksokusen.ed.jp/airainfo/aed/
南日本新聞NEWS→http://373news.com/modules/pickup/index.php?storyid=22791

↓学生とくすの木自然館館長及び消防署職員と調査票送付作業の様子(姶良市消防本部)

それと本年度卒業研究の「重富干潟環境モニタリング」研究.
同時進行で本気で疲れました.携わる学生も苦労しました.
汀線測量の作業中,ボートが沖合に流された際には「本気で死ぬかと思った」と学生から言われました.
2km2におよぶ測量.そして各種調査分析.さらにはシステム構築まで.
学生と協力頂いたNPO法人くすの木自然館には厚くお礼を申し上げます.
今後の調査も引き続き実施する予定.

干潟環境モニタリング→http://www.ksokusen.ed.jp/airainfo/eco/post_10/
南日本新聞NEWS→http://373news.com/modules/pickup/index.php?storyid=22533

重富海岸汀線測量実施中のボート(桜島を背景に)
 

2010年03月27日

寄稿「趣味」

「趣味」(心のなかではタイトル「ツリキチ」でした)
鹿児島建設専門学校教諭 鶴成悦久
鹿児島建設新聞「木陰」寄稿(平成22年3月24日)

 中国のことわざに「一生幸福でいたかったら釣りを覚えなさい」という名言がある。子どもからお年寄りまで、年齢、性別を問わず釣りは趣味の王道と言っても過言ではない。私の趣味の中で、順位を付けるのであれば釣りを一番に掲げる。
 大分県の山あいで育った私は、池や川でフナやハヤを釣ることが、子どもの頃の一番の楽しみだった。餌は米や魚肉ソーセージ、時には土の中かからミミズを捕まえ、そのまま餌に。大人になり行動範囲が広がると海釣りを始めた。対象となる魚の種類が増え、釣れる魚のサイズも大きくなる。現在では主にクロやチヌなどの上物釣りを中心に、趣味に勤しむ。
 子どもの頃の釣りは「遊び」、大人になると釣りは「趣味」へと変わる。両者とも全く同じ意味。つまり趣味は遊び、遊びは趣味ということ。子どもの頃と違う点は、遊びや趣味に多かれ少なかれ、お金が発生する点であろう。妻からしつこく「釣りに使うお金で魚を買った方が安いのでは」と言われる。釣りをする人にとってもっとも嫌みな一言だ。さらには、釣った魚を金額に例える人も多いだろう。「この魚を買えば○○○○円ぐらい」と、釣りに投入した金額を上回るかのように自慢する。私もその一人だ。だが、魚屋で○○○○円出して買うのかと言えば、なかなか買えるものでもない。つまり、他者との価値観の違いにより、一見無駄のように思えるお金も、釣った魚の対価を比較しているわけではない。ようは大人になると、遊びにお金をかけないと趣味が成立しないことを妻に言いたいのだ。
 ストレスを抱える時期。その合間に出かける釣りは、私にとってまさに幸せの一言。ウキを眺めている間、私は海中で餌を食らう魚たちを想像する。そしてウキはゆっくりと沈む。そこから始まる魚との格闘。竿から伝わる激しい抵抗力は、まさに格別。そして釣り上げた達成感は、その後に味わえる旨味の期待へと変化する。まさに幸せの連鎖がそこにはある。
 大きくなった子ども。お金のかかる趣味という遊び。そして私は朝四時に釣りに出かける。そう、一生の幸福を求めて。

2010年03月14日

寄稿「子育て奮闘記」

「子育て奮闘記」
鹿児島建設専門学校教諭 鶴成悦久
鹿児島建設新聞「木陰」寄稿(平成22年3月10日)

 わが家に四年前,待望の長男が誕生した。結婚五年目にしてようやく誕生した可愛い一人息子だ。その可愛い息子も今年三月で四歳を迎える。生まれた瞬間の初々しさもどこ吹く風か,わんぱく坊やに変貌した。その息子は母親に対する甘え方は一言で凄まじい。何をするにも「お母さんと」が口癖だ。寝る時も,ご飯を食べる時も,はたまたトイレでも。むろん母親の胎内から生まれ,乳をもらい,胸の中で温かく育てられた息子にとって,母親は絶対的存在であるに違いない。一方の私は仕事で帰宅時間が遅く,帰った時は既に睡眠中。一週間の間,休日以外会えるのは朝の一時間ぐらいだ。私だけはない。おそらく世間一般の父の姿であろう。
 そこで「お母さんと」を「お父さんと」に変えるための奮闘が始まった。妻から父親でしか出来ないことをすれば良いと,あたりまえのアドバイスを受け,いろいろと試みた。
 最近の奮闘ではプラモデルの作製がある。これは「ガンダム世代」の私にとって腕の見せ所だ。息子には部品の切れ端を爪切りで切り取らせる仕事を与え,共同作業で二日近くを要しプラモデルは完成した。「お父さんはこんな難しい物を作れるぞ」と言わんばかりに自慢する。数多くの部品を組み立て一つの「物」を作ることができる父親に,息子も尊敬の眼差しで私を見つめる。これで「お父さんと」の連呼を期待したのだが,翌日には母親への甘えに逆戻り。さらに,無残にも部品が散らばるプラモデルの残骸に絶句した。息子にとっては,作る喜びより,遊ぶおもちゃとしての喜びの方が強かったらしい。息子にとって父とのプラモデル作製は通り過ぎた過去であった。
 全ては単発「お父さんと」で慢性的とはいかない。だが様々な奮闘を通じ感じることは,実は息子の喜怒哀楽を感じ,父親として育てられていたことだった。私自身,父親として成長していたのだ。そして父親として成長途中のわが家に,今年五月,次男が誕生する。今度こそ息子二人から「お父さんと」を連呼してもらえるよう,息子達と一緒に今後も奮闘していきたい。

2010年03月13日

え~...一年間ほったらかしていました

すみません.
一年間ほったらかしていました.
「学校のホームページ」やら「姶良いんふぉマップ」の管理やらで,自身のページまで目が行き届きませんでした.

いつものことですが,気の向くまま更新したいと思います.

2009年03月11日

明日は卒業式

「光陰矢のごとし」とよく言ったものだ。
私が受け持っている測量科(1年課程)は上は33歳、下は18歳からなる年齢層の幅広いクラスである。
昨年4月入学し「一年はあっという間です。ようやくクラスみんなが仲良くなり、さーこれからと言う時には卒業です」と一番最初に言った記憶がある。毎年言っている事だが...
それも明日でみんな卒業...
クラスの学生から「先生が言ったとおりですね」と、多少寂しそうに言われた。
明日以降、みんな全国に散らばっていく。
寂しい気持ちもあるが、みんな頑張って世のため人のために働いて、生活していってくれることを願う。